インドとジブリ

お盆前に蓼科に旅行に行ったのですが、そこでなぜか、インドのラーマヤナ叙事詩に出てくる神様が宿る場所に遭遇してしまい、強烈なエネルギーを全身で受けました。それは美術品なのですが、宮殿の中に長らく眠っていたシロモノらしいのです。美術品に宿っている存在が本物すぎて驚きました。なぜこんなところに、こんなものがあるのか・・・。

この世の対立構造の根本的なエネルギーを感じました。旧約聖書の中にも出てくる、ソドムとゴモラの話は聞いたことあるでしょうか。あの原型の存在がいたのです。やばいですよね。尋常じゃないエネルギーです。みぞおちが凄い圧で抑えられるような感覚と共に、背筋がびしっとする感覚がしました。でもどこか、知っているような感じなのです。シータといえばラピュタ?猿を連れてといえば桃太郎?日本と縁が深そうですが、どこから見てもヒューマノイド宇宙人の出で立ち笑。彫刻だから超リアルなんですよねこれが。ビビります。

これらのラーマ王子、シーター姫、ラクシュマナ(弟)、そしてハヌマーン(猿)の等身大の彫刻は見事ですが、その手にはインドラの矢という強烈な武器がありました。正義によって破壊を許された存在のようですが、彼らが持っている武器のようなものが核兵器に匹敵するエネルギーを感じます。地球外のエネルギー。それが例え正義であっても、この地球では使ってはいけないエネルギーです。

この方々、いったいここで何をするつもりだと問うても、返事はなし。かといって、悪い感じはしなかったのです。例えば戦争を起こすような。願わくば、良くも悪くも、その力はこの地で使ってほしくはありませんが、そのつもりでここにいるような邪悪さは感じませんでした。

なぜここにいるのか理解できないままその場を去りましたが、あの美術品の部屋はやばいです。夜は怖くて入れないでしょう。たまたま管理者に出会いましたが、彼女も同じように入れないと言っていました。(ではなぜ展示しているんだ笑)

数日後、気になって同じ建物内にあったジブリコーナーを思い出し、調べてみました。そうしたら、なぜそこにあるのかがわかりました。

まず、蓼科という土地はもののけ姫を宮崎駿が創作する時に参考にした場所らしいのです。彼の別荘地が近くにあり、土地の影響を存分に受けていました。監督ゆかりの土地だということです。そして、なんとラピュタはラーマヤナ叙事詩を元に作られたらしいのです。元ネタがあったのですね。御方々がこの地に呼ばれてきたものも、同じ周波数で共鳴するところがあったからだとわかりました。

たかがアニメと思うでしょ?でも日本人の精神性には確実に浸透しているのです。インドの叙事詩と言われると何のことかわかりませんが、ラピュタと言われたら誰もがわかり、大好きな人もいるはずです。すごいよね、ある意味洗脳教育です。私たちはこうやってあるストーリーを何気なく日常で取り入れているのです。

さらに、神話というものは、ただの物語ではありません。この地球の長い歴史の中で、幾度も使い古されたストーリーで何度も繰り返されているものです。だから馴染みがあり、身体の細胞が覚えているので反応します。ジブリはそういったものを利用していたんですね。勉強になります。

他にも展示物はいろいろありました。インドでの創造主の物語を綴ったテラポットとか、精霊たちの集いを描いたタペストリーとか、神々の宝石描画等、様々。しかも、現代のインドの神様というより、それよりもっと前の、インドに限らず世界中で共通しているものが描写されていたので、ある意味インドを感じなかったのですよね。インドとシュメールが混ざったような・・・。行間を読めばキリスト教にもつながる。そういう意味ではとても面白かったです。ですが、部屋のエネルギーが尋常じゃないので、面白いというラフな感覚ではなく、おおっ!という感覚でした。とにかく圧がすごい・・。

シュメールのエンキVSエンリルの構図が、光VS闇の原型と言われていますが、ニビル星人、宇宙人ですね。彼らは人間を創造した存在と言われていますが、対面したところで、どうしたものか。まあ、心地よいエネルギーではないのでね、一旦退散しました。全身鳥肌状態で。しかし、このエネルギーにビビるのをやめるために、いったん外に出てカレーを食べ、また戻ってきました。最後ご挨拶をして、その場を去りました。

ふー。こんなつもりの旅行じゃなかったのになぁ笑。日本という土地の深い部分で、何か動こうとしているのかもしれません。そのサインを彼らは表してくれているのかもしれません。彼らが表に出てくるというのは、よっぽどですね。

カテゴリー: 未分類 パーマリンク