心地よくないものに対して正常に嫌悪感を感じられるようになってきた。唯一この気持ち悪さや吐き気、嫌悪感がそっちじゃないよというサインなので、これを感じられることはとても大切なこと。嫌なものは嫌でいい。それを避けて、大切なものを大切にできるという、当たり前のことができることって、結構大事。シンプルだけど、わからない時は考えてもわからない。
これまで魂磨きやカルマ解除、ネガティブと向き合うことばかりで、自身の幸せや喜びの優先順位が低くなっていることに気づいた。豊かさを得ることに関しては本当に無頓着で。なんでこんな生き方しているんだろう・・・と突然、我に返った。え。どういうこと。今まで疑問に思うことすらなかったのに。これが自分だと思っていたので。
そう、今日自分の中から湧き出るストイックという周波数を外した。今の時代、今の自分に合わないエネルギーだったので。自分では学びのために今世自分で設定したことを知っていたので外せなかったのだが、それが今回うまく外れたのかもしれない。地味に、祝福すべきことで。初めて味わう感覚…。すごい存在が守ってくれていたことを知っている。本当に、自由にさせてくれた存在に、心から感謝したい。おかげでわたしはたくさん経験できたし、成長できた。ありがとう。
今だから謙虚に感謝して手放せているが、最初からそうではなかった。子供のころからなので、自分で自分の首を絞め、自己犠牲が美徳のように勘違いさせ、魂の修行だとして苦しみの中に自分を居続けさせていることに慣れ親しんでいた。だって、こういう惑星なんでしょ、ゲームだから、という具合に。そうでなくてよいと内なる神に言われていたのにも関わらず、それを振りほどいて、だってここは地球なんだから、最後なんだから好きにやらせて、放っておいて、と中学生くらいに言い放った記憶がある。それは大人になり病になるまで続いた。自分がスーパーマンのように思っていたし、病になるだなんて考えたこともなかったから、当然の流れだった。〇〇さんに出会って初めて、もうやめていいんだよと教えていただき、やっと自分の状況を把握したのだった。そろそろ目覚めない?もういいでしょう?と。え、なんで知ってんの?!と思った。
神と一体だったのに、分離させたのは私。守られていたのに、運命に逆らいその加護を振り払ったのも私。自由意志で生きると決めたのも私。だから、それをやめるのも自分なんだろう。宿命の流れのままに委ねる生き方へ移行する。
自由意志を貫く強い自我はネガティブな側面だけを浄化したので、彼は今は穏やかに見守ってくれている。導きの光として煌々と行く先を照らしながら、その道を明け渡してくれている。ありがとうと感謝を述べながら、どこかで安堵する自分がいた。
総評、古い地球は厳しかった。ハートを閉じて生きてきたので、これからはハートをオープンにして生きたい。「真の歓びや愛、分かち合いをこれから経験することになるから、楽しみにしていてね。」だそうです。とにかく今は、過去の清算と新しい自分への再誕生に集中したい。全く新しいあなたで生きる準備はできましたか?